22.06. ~ 22.07. My comments

 22.06. ~ 22.07. My comments


Comment :

この動画で疑問があるのは、朝鮮半島南部に日本文明圏があったので、日本は青銅器時代がほとんどなくて、いきなり鉄器に代わっているのです。 そして日本でのたたら製鉄の後が500年代中盤に、朝鮮半島にあった日本の勢力圏の任那を失った時に出来ているので、日本人が渡って来たと考えた方が合理的です。 後この図だと勘違いしてしまうのですが、水稲の技術の起源は大陸の長江から来ているので、沖縄や南西諸島を伝って日向や四国で発展した可能性があります。

日本の文明と言うのは大陸などからヒントを得た事を、日本独自で改良して発展させていっているので、大陸からそのまま導入する事はなく景教は日本で流行っていないのです。 

Comment 2 :

鉄器に関しては朝鮮半島よりも今のウラジオストック以北あたりから日本海を渡って来たスキタイ系やタタール系の人達が伝えた話もあるね。 だからタタラ場と言う言葉が残ったとか? 稲作はおっしゃる通りで初期の稲は高温多湿でしか育たないので今の北朝鮮では育たないから朝鮮半島経由は無理な話て植物学的にも言われてますよね。

Comment :

朝鮮半島南部で製鉄が行われていたのは事実で、朝鮮半島南部に大和王権式の前方後円墳があって、鉄器の使用は北九州を含めて日本ですぐに流行っています。 出雲地方を中心に一部青銅器文化がありましたが、弥生時代の日本で鉄器がすぐに広がっていて、6世紀から吉備でたたら製鉄後があります。 記紀を「神話」にして史実も含まれている事を認めずに、過去にも日本人を侵略していた事実がわかると都合が悪い人が、日本人を騙していると思いますよ。

My comment :

『Iron technology of the ancient megalithic communities in the Vidarbha region of India』

この論文によると、伽耶の鉄製技術は当代インドの鉄製技術と似ています。 このインド式の鉄製技術は、同時代の前漢の鉄製技術より加工しやすいそうです。 このような理由で、前漢の楽浪郡が伽耶の鉄を購入しだったと推測しています。


Comment :


普通に大陸はシルクロードで繋がっていて、その先はインドではなく中東に及んでいたので、景教と言う異端のKリスト教も伝わったのです。 鉄については中国東北部が青銅器文明圏であって、単に楽浪郡が漢の飛び地だった事からも、そこから日本文明圏に伝わったのです。 ワイから出来た当初の新羅の地に製鉄後がないのは、文化レベルが低くて発展していなかったからで、日本の文明圏のレベルの高さがわかる話ですね。


My comment :


そうですか。でも、馬の育て方や、騎兵運営はワイ族から移動した文化です。そして人口数100倍の差がある民族が漢族とワイ族です。それでも500年以上国家を維持した民族はワイ族だけです。 漢族の記録によると、ワイ族は歩戦に上手だったと書いています。ギリシャ歩兵のように6.9メートルの槍を団体で持って戦ったようです。 どの民族でも、切り下げして理解するのはどうかと思います。


Comment :


確か出雲で青銅器や馬具が見つかっているはずですが、出雲は独自に大陸東北部と関係があったようで、日本は大部分が弥生時代から鉄器文化になっています。 ワイは何も生まないで大陸東北部や日本文明圏から文化を朴っていただけだと言う事がわかります。 そもそも新羅と言う国になって百済や日本文明圏を追い出した後、碌な文化がないのが新羅であってその時代の文化遺産などは、百済のモノがほとんどですよ。


My comment :


僕は騎馬関連技術の移動を’文化の移動’と表現。これを人の移動と表現するのはあなたの拡大解釈です。 そちらが言う大陸東北部の文化は漢族の文化?、匈奴族の文化?、貊族の文化?、ワイ族の文化? 弥生時代の中国東北文化は古朝鮮文化、つまり殷の文化であるが、古朝鮮様式は古代新羅地域では発見されない。 考古学的発見によると、新羅地域の紀元前1世紀の墓から発見された斧は中国南部式と推測される。 今から3000年前の瀬戸内海の人々は鮫(サメ)を狩って食べたらしい。半島南海岸、半島東北には鮫(サメ)料理文化がある。 百済の本来の名は十済で、本来はワイ族から移動した。中国化(sinicization)以降、百済と名を変えた。そして再建後、南夫餘に名を変えた。 あなたが言う日本文明圏とは具体的に何ですか? パクリが怒るなら、あなたが定義するその‘日本文明圏’で全然パクリをしない、その時代に独自的に作り出した物が何かを教えてください。


そして古朝鮮や中国東北文明で日本にいたずらをしたのは中国系なのに、なぜこちらを恨むのか理解できない。中国は強いので恨むことができないし、こちらは甘いので恨んでいるのはないですか?


My comment :


満州東南部のワイ族は半島中東部のワイ族と同じ民族。

新羅初期の記録では、現在ロシアの沿海州南部に住んでいた沃沮と交流した記録があります。

漢の半島中東部支配は26年だけ。その後、独立的な国を維持しました。

 from: 【ゆっくり解説】古代日本の闇の支配者!?渡来人の謎!!. YoutubeArchived from the original on 2022-06-21. Retrieved 2022-06-30.


元ーComment :

中国人である女真族の国高句麗か

Comment(Rozy Lee) :

고구려도 조선 계열 민족과 언어였습니다

Comment :

高句麗は現・中国の姓が多いですよね。

Comment(Rozy Lee) :

고구려 왕족계열의 유전자로 추정되는 o3a2* DNA는 조선 반도에 가장 많으며, 일본 열도 사이타마(고구려인의 이주 지역)이 2번째로 많습니다 중국은 거의 존재하지 않습니다. 고구려는 민족적으로 조선 계통입니다

Comment :

日本語コメになんでハングルで書いてくるんだ?非常識だ。

Comment(Rozy Lee) :

자동번역 가능합니다

Comment :

??

Comment(Rozy Lee) :

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My comment :

1。中国にいる高句麗の子孫のハプロと韓国にいる高句麗の子孫のハプロは同じではない 2。ハプロ旧O3系(=新O2系)は中国に60~70%存在する 3。ハプロO3系は中華人遺伝子であり、日本には20%分布し、朝鮮半島には45%分布する 4。満州族遺伝子(C)を合わせて計算すれば、中国70~80%、韓国60%、日本25%が中華系遺伝子だ


Comment(Rozy Lee) :


고구려의 유전자는 O2에서 조선 반도에만 존재하는 O3a2* 계통의 유전자이며 조선 반도 계통의o1b2b의 유전자도 복합적으로 존재합니다. 한국에 O2가 60%가 존재한다는 것은 잘못된 정보입니다. 경상도 처럼 남부지역의 비율로는 o2는 33% 수준이며 지역마다 편차가 존재합니다. 2017년 서울대학 논문에 의하면 o2는 42%이고 o1b2는 44% 입니다


My comment :


朝鮮半島だけの遺伝子というものは存在しない。 O3a2は中国にその母集団がある。 そして、現O1(旧名O2)と現O2(旧名O3)の分離は29500年前だ。 (ハプロNとOは32000年前だ)


Comment(Rozy Lee) :


그러한 논리를 말한다면 o1b2 유전자는 만주 남부에서 탄생하여 조선 반도에서 독자적으로 발전한 유전자 입니다만? 일본의 위키나 한국의 위키가 아니라 제3국의 위키인 영문과 러시아어 위키를 보면 o1b2는 조선 반도에서 독자적으로 발전 하였으며 훗날 일본에도 이주를 했던 야요이 사람의 유전자라고 말하고 있습니다 고대의 지도와 현대의 지도를 동일시 하면 안됩니다


My comment :


結論: 高句麗王族の遺伝子はO3a2:嘘 中国にはO3a2が存在しない:嘘 高句麗は朝鮮系:△

 from: 古代日本語と古代朝鮮語の雑居 Peninsular Japonic / 日本語の起源YoutubeArchived from the original on 2022-06-23. Retrieved 2022-06-23.


My comment :


It's simple. 

This is because "Japanese of Chinese-related traditions"(or, just Chinese japanese) who wanted Japan's occupation of China were gaining political power inside Japan at that time. 

The war between China and Japan would have been a victory for Japan without someone else's involvement. 

However, Japan's victory means Japan's Chineseization. It is similar to the Chinese painting to Manchurian and the Chinese painting to Mongolian. This is the realization of Japan's instinctive realm. Being occupied by the enemy and immigration are historical inertia of Chinese’s expansion.

Therefore, the Japanese navy started a war with the US to stop the Chinese-like faction in its own country. 

So, In a way, you can interpret it, Japan's defeat was a instinctive and voluntary one. 

 from: Why Japan Joined the Axis - World War Animated DOCUMENTARYYoutubeArchived from the original on 2022-07-01. Retrieved 2022-07-01.


(2022. 07. 02. 14:26 作成)

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